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大阪高等裁判所 昭和28年(う)74号 判決 1953年4月27日

控訴人 被告人 木本忠逸

弁護人 大谷次市

検察官 藤原正雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、末尾添附の弁護人大谷次市作成名義の控訴趣意書記載のとおりである。

控訴趣意第一点について。

論旨は先ず、本件起訴状にはその冒頭において、「被告人は京都市左京区聖護院川原町二番地丸家旅館こと飛田直一の異母弟であるが、同人が被告人に対しかねてより冷酷な態度をとると称してひそかに怨恨の情を抱いておつたところ、昭和二十三年六月頃同人が同二十二年頃より被告人と許婚の間柄にあつた山湧友野を女中として使用し、爾来同女と情交関係のあることを知つたため益々右怨恨を強めるに到つたが、昭和二十五年一月頃親族知己などの仲裁にて同人が右山湧友野との関係を清算し、同女と被告人との結婚を斡旋すると共に、同年二月中旬被告人及び妻友野の為にその生活資金として現金四万円を交付し、互に和解し、従来あつた相互のわだかまりを解消し、その際被告人及び妻友野より爾後金銭上の迷惑をかけない旨誓約したにかかわらずその後生計が意の如くならないため、同人より金品を喝取することを企て云々」と記載されているが、これは単純なる犯罪の動機の記載ではなく、裁判官に起訴状記載第一ないし第七事実につき予断を生ぜしめる虞のある検乙第四号証(誓約書)の内容を引用した無効のものであるから、弁護人より公訴棄却の申立をしたところ、原審がこれに対し何等の判断を与えず有罪の判決をしたのは違法である旨主張する。しかし、記録を精査すると、右起訴状の冒頭記載事実は所論の如き検乙第四号証の内容を引用したものではなく、本件恐喝罪の動機犯情等を記載したものに過ぎないものであつて、恐喝罪の如くその動機犯情等に多様性のある犯罪事実を摘示するに当つては、これ等の事情を示すため、起訴状に右の程度の記載をなしたとしても、これを以つて直ちに違法とは言えない。なお、原審が所論弁護人の公訴棄却の申立に対し何等の判断を与えず有罪の判決をしたことは記録に徴し明らかではあるが、現行刑事訴訟法には公訴棄却の申立につき、旧々刑事訴訟法(明治二十三年法律第九十六号)第百八十六条の如き規定がないから、裁判所は、その申立の理由のないときは、特にこれを棄却する旨の裁判を与える必要はないのであつて、原審が本件公訴棄却の申立に対し特段の裁判をしなかつたとしても何等違法ではない。

次いで論旨は、起訴状記載公訴事実の二には「同年六月十八日頃同所において同人及びその家族に対し、商売がうまくゆかぬから金をくれ、今後は絶対無心は言わぬと申向けて、その要求に応じないときは、右同様暴力を振うような態度を示して脅迫し、その旨同人及び家族に畏怖の念を抱かせ云々」と記載されているのに原判示第一の事実(即ち公訴事実の二に当る)には「昭和二十五年六月十八日頃右直一方において同人及び義母飛田アイに対し、商売が面白くないから五千円くれ、と要求したが、直一が今金がないからと言つて拒絶したところ同家の台所にあつた七輪を放り鍋を投げつける等の暴力を振い、同人やその家族の身体に危害を加えるような気勢を以て同人を脅迫し云々」とあるから、原判決は、検事の起訴した公訴事実の範囲を逸脱し、その起訴しなかつた事実につき審判をした違法がある旨主張する。しかし、右両事実を比較対照し、且つ記録を精査すると原判示事実は証拠に基き公訴事実に「同人及びその家族に対し」とあるのを「同人及び義母飛田アイに対し」とその被害者を一層明確にし、又「右同様暴力を振うような態度を示して脅迫し(即ち、この個所は、公訴事実第一の脅迫手段に関する記述を引用したものであるから、その趣旨は「暴行等危害を加えるような態度を示して脅迫し」との意味)」とあるのを、「同家の台所にあつた七輪を放り、鍋を投げつける等の暴力を振い、同人やその家族の身体に危害を加えるような気勢を以つて同人を脅迫し」として、右脅迫手段の内容を一層明確にしているに過ぎず、右両事実は彼此全く同一訴因事実であつて、この程度の訴因事実の訂正は敢えて訴因変更の手続を履まずとも、被告人の防禦権の行使には何等実質的支障をも来さないところであり、裁判所が自由に行い得るものと解せられるからこれと同一趣旨に出たものと見られる原判決には所論の如き違法はない。論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は先ず、原判決は、その判示第一の事実において、被告人が「七輪を放り鍋を投げつける等の暴力を振い直一やその家族の身体に危害を加えるような気勢を以て同人を脅迫し云々」と判示しているが、飛田アイ及び直一の各原審第一回の証言によると同人等は被告人の右の如き行為により何等畏怖しておらず又本件五千円の金員もその数日後飛田アイが直一には関係なく被告人に与えたものであつて、被告人の喝取したものではない旨主張する。しかし、原判決挙示の証拠特に飛田直一に対する証人尋問調書、原審第四回及第十回公判調書中証人飛田アイの供述記載部分によると飛田直一及びアイが、被告人の判示所為によりその要求を拒絶した場合、身に危険の及ぶことをおそれるの余り、本件金員の交付を余儀なくされた事実が明らかであるのみならず、弁護人援用の証拠は原審の採用しなかつたところであり記録を精査するも、原判決の事実認定には何等の誤認はない。論旨は理由がない。

次いで論旨は、原判決は、その判示第二の事実において、「そこらにあるものを売つても、それ位の金はできるではないか、と怒鳴り、又直一及びその妻綏子が畳の上に手をついて、どうか更生してくれ、と嘆願したのを顧みず立膝をして、金を出せばよいのだ、と巻舌で申向けて同人等の身体に危害を加えるような言動を以つて脅迫し云々」と判示しているが、右の如き言葉のやりとり又は態度は、親兄弟間には日常あり勝の事柄であつて、決して脅迫行為と言う程のものではない旨主張する。しかし、原判決挙示の証拠特に前記飛田直一に対する証人尋問調書及び原審第四回及び第十回公判調書中の証人飛田アイの供述記載部分によると、右が所論の如き親兄弟間における単なる言葉のやりとりや、不躾な態度に止まるものではなく、被告人が直一等を恐喝するためにとつた脅迫手段であつて、同人等もこのため被告人を畏怖していたことが明らかである。記録を精査するも原判決の事実認定には所論の如き誤認はない。論旨は理由がない。

更に論旨は、原判決はその判示第三の事実として被告人の恐喝未遂の事実を認定しているが、被告人は直一の不在中に義母アイの面前ではなく、奥の間で判示の如き暴行を働いたものであり又その際同人には何等金員を要求しておらない。又直一が帰宅後右暴行の事実を聞知したとしても、これは同人に対する脅迫にはならない旨主張する。しかし、原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示第三の被告人の恐喝未遂の事実は十分これを認めるに足るところであつて、記録を精査するも、原判決には所論の如き事実誤認はない。所論は要するに、証拠により認められる事実の真相に目をおおい、互に関連する具体的事実を分断して被告人にのみ有利な解釈をしようとするの詭弁であつて、到底採用できない。

同第三点について。

論旨は、原判決は恐喝既遂の公訴事実中、その第一、第三、第四、第六を無罪とし、その第二、第五につき有罪の認定をしたが、これ等各事実に対する証拠は原判決中に引用されている各証人の証言のみであつて、いずれも各公訴事実を認めるに足るだけの証拠価値のないものであるから、これ等証拠により公訴事実第二、第五の事実を認定した原判決には採証方則に違反した違法がある旨主張する。しかし原判決は、証拠として、所論の証言以外に被告人の供述調書その他の証拠をも挙示しているのであり、又その挙示の証拠を綜合すれば、原判示事実は十分これを認めるに足るところであるから、原判決には所論の如き違法はない。

次いて論旨は、原判決がその証拠として挙示する脅迫状及び誓約書は原判示事実には何等関係のないものである。又原判決にその前科の事実を除き詳細な冐頭事実の記載されているのは、原判決が予断を以つてなされた証拠であり、更に原判決は唯一回の審理に臨んだ裁判官により形式的になされた不当のものである旨主張する。しかし、記録を精査すると、所論の脅迫状及び誓約書は原判示冐頭記載部分を認定すべき証拠の一部となつているものであり、又右冐頭記載事実は本件犯行の動機情状を示すため必要な記載であつて、この記載があるからと言つて原判決が予断を以つて為されたものとは言えないこともちろんであり、更に原審判決を為した裁判官がたとえ一回の審理を以つて判決を為したからと言つて、その為された裁判が形式的な不当な裁判であると言えないこと又謂うをまたない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 瀬谷信義 判事 山崎薫 判事 西尾貢一)

弁護人大谷次郎の控訴趣意

第一点原判決は刑事訴訟法第二百五十六条第三項第六項及び同第三百十二条第二項に違反しているから破棄を免れないと信じます。

一、本件起訴状は公訴事実として其の冒頭に於て「被告人は京都市左京区聖護院川原町二番地丸家旅館コト飛田直一の異母弟であるが同人が被告人に対し予てより冷酷な態度をとると称してひそかに怨恨の情を抱いてをつたところ昭和二十三年六月頃同人が昭和二十二年頃より被告人が許婚の間柄にあつた山湧友野を女中として使用して爾来同女と情交関係のあることを知つたため益々右怨恨を強めるに到つたが昭和二十五年一月頃親戚知己などの仲裁にて同人が右山湧友野との関係を清算し同女と被告人との結婚を斡旋するとともに同年二月中旬被告人及び妻友野のために其の生活資金として現金四万円を交付し互に和解し従来あつた相互のわだかまりを解消しその際被告人及び妻友野より爾後金銭上の迷惑をかけない旨誓約したるに拘らず其の後生計が意の如くならないため同人より金品を喝取することを企て」と記載されているがこれは単純な犯罪の動機の記載ではなく裁判官をして起訴状の第一乃至第七までの公訴事実に対し予断を生ぜしめる虞のある事項に該当し而かも原審で証拠として提出された検乙第四号証の内容を引用したもので無効の起訴状であるから公訴棄却の裁判をされ度き旨弁護人から異議を述べたるに拘らずこの点につき何等の判断を与へず有罪の判決がなされたのは違法である。

二、原判決の摘示事実の第一によれば昭和二十五年六月十八日頃右直一方に於て同人及び義母飛田アイに対し商売が面白くないから五千円呉れと要求したが直一が今金はないと言つて拒絶したところ同家の台所にあつた七輪を放り鍋を投げつける等の暴力を振い同人やその家族の身体に危害を加へるような気勢を以て同人を脅迫し云々と判示されているがこの事実認定は検事の公訴事実の範囲を逸脱し起訴せざる事実につき審判した違法がある。即ちこの点につき検事の起訴状による公訴事実の第二は同年六月十八日頃同所に於て同人及びその家族に対し商売がうまくゆかぬから金を呉れ今後は絶対無心は云はぬと申向けその要求に応じないときは右同様暴力を振ふような態度を示して脅迫しその旨同人及び家族に畏怖の念を抱かせ云々と記載されて居ることは明らかである。而して刑訴法は起訴状に記載すべき公訴事実は犯罪の時場所方法を明示し具体的に記載すべきことを命じて居るのであるが本件起訴状に記載された右の犯罪方法は単に暴力を振ふような態度を示して脅迫しとあり全く抽象的な表現で犯罪方法(脅迫の方法)の記載がないのと同様であるから原審裁判官としては如何なる方法で脅迫したか具体的事実につき公訴事実の補充変更を命じ検事がその訴訟段階に於て現はれた具体的事実を以て公訴事実に補充変更の訂正をなしたる上に於て審理判断をなすべきであるに拘らず斯る手続をとらずして裁判官が独断で判示のような具体的事実即ち起訴状には犯罪の被害者を家族と表示とれてあるのを「義母飛田アイ」と判示し又暴力を振ふような態度を示して脅迫しと犯罪方法が記載されて居るに拘らず「同家の台所にあつた七輪を放り鍋を投げつける等の暴力を振ひ同人やその家族の身体に危害を加へるような気勢を以て同人を脅迫し」と判示されて居るのは公訴の範囲を超へて事実認定をなした違法がある。

第二点原判決には事実誤認がある。

一、原判決の摘示事実第一は昭和二十五年六月十八日頃右直一方に於て同人及び義母飛田アイに対し商売が面白くないから五千円呉れと要求したが直一が今金がないと言つて拒絶したところ同家の台所にあつた七輪を放り鍋を投げつける等の暴力を振い同人やその家族の身体に危害を加えるような気勢を以て同人を脅迫し因てその頃直一をして同所で義母アイを通じて現金五千円を被告人に交付させと判示されている事実の認定は誤りである。即ち飛田アイの第一回の証言によればこの五千円の金は被告人が要求してから数日後自分が呉れて遣つたもので直一には関係がない旨証言して居ること及び脅迫されたことはない台所で物を投げ付けても恐ろしくはなかつた旨供述して居るから判示事実とは違うのである。又直一は奥の間で寝て居り台所とは余程離れて居るので第一回の直一の証言でも台所の方で物を毀すような音が聞えた旨供述して居るのみで恐しかつたとは言つていない。要するに被告人が判示にあるように台所で七輪や鍋を投げて毀した事実があつてもそれは被告人の云う事を聞入れて呉れぬから立腹して俗に言う当付にやつたことで子供が駄々をこねるようなものである。勿論親や兄弟の関係にあるから斯様な乱暴が出来るのであつて他人に対する関係とはその視方を異にするのである。それなのに原判決では身体に危害を加えるような気勢を以て同人を脅迫しと判示されて居るのは全く公判記録の証拠に根拠のない判示方である。即ち直一の面前でやつたと言うなら格別遠く離れた台所でやつたので直一は物音を聞いた程度であるのに身体に危害を加えるような直感もなく又同様な畏怖の念も起り得る状況ではなかつたのである。然し被告人の暴れ方も決して善いとはいえぬ悪いことには決つて居るけれどもそれは別に器物を毀棄した点で刑事上の責任を問うことが出来るのであるが五千円の金を脅迫して取つたと言うことは牽強附会な議論であつて全く因果関係はないのである。元来恐喝罪の事実判示としては相手方が畏怖心を生じたことが要件であるに拘らず原判決にはそのことは示されていないし又客観的に観て直一が畏怖心を生ずるような状況ではない。単に器物を毀したと言うのみで直一の身体に危険を与えるような脅迫行為と観ることは絶対に出来ないのであります。

二、原判決の第二の事実中(一)そこらにあるものを売つてでもそれ位の金は出来るではないかと怒鳴りつけと判示されているがこれはそれ自体脅迫文句ではない。即ち被告人が三千円程呉れと無心を言つたに対し直一の方ではその位の現金がない筈はないけれども呉れて遣るのを惜み金はないと断つたから被告人は金のあることは日頃の商売上判つて居るから当てつけに無いないそこらの物を売つてでも出来ると言うただけのことでこれも親兄弟としての言草に過ぎない。(二)直一及び妻綏子が畳の上に手をついてどうか更正して呉れと嘆願したのを顧みず立膝をして金を出せばよいのだと巻舌で申向け被告人の要求に応じなければ同人等の身体に危害を加えるような言動を以て脅迫し云々と判示されているが結局脅迫行為としては被告人が立膝をして申込んだことと金を出せばよいと巻舌で言つたと言う二点であるが直一と被告人との間柄で立膝をして物を云つたからとて脅迫とはならぬし又巻舌で言つたとはどんなことか要は金を出せばよいと言つた言葉が乱暴であつたとの意味だと推察されるがこれも親兄弟の間柄での言葉のやり取りに過ぎず客観的に観て脅迫文句即ち相手方に対し危害を加える虞れのある言動とは受取れぬのである。殊に更正して呉れと嘆願したとあるがこれは嘆願ではなく訓したのである。換言すればこの際も直一は別に畏怖心を起した訳ではなく只義理合上洋服を売つて得た金であるから大切にするよう訓した上それより数日後被告人に呉れて遣つたと言うのが証拠上からも事実の真相であつて恐喝ではないのであります。

三、原判決は第三事実として恐喝未遂を認定しているがこれは甚だしき誤りである。被告人は直一の不在中義母アイの在宅中に訪問し同人の面前ではなく奥の間で判示の如く器物毀棄の暴行をした事実は証拠上認られるのである。然しこの事実を以て不在中の直一に対する脅迫と判断するのは甚だしく不合理である。即ち仮令それより以前に直一に対し十五万円を要求していた事実ありとするも当日は不在であつたため何等要求していないことは明かであり又義母アイに対しても金銭の要求をした訳ではない。只直一が不在で面談が出来なかつたため当てつけに斯る乱暴な挙動に出たもので十五万円要求との間に因果関係の存在はない。更に又判示に曰く要求に応じなければ同人等の身体や財産に損害を加えるような態度を以てアイを脅迫するとともにその頃帰宅してその事実を見聞した直一をも脅迫したと示されているがこの判示は全く根拠のない作文に過ぎないのである。直一の不在中その面前にあらざる場所に於てその所有物件を破毀する行動は畏怖の念を生ぜしめるための手段ではなく現実に刑法上器物毀棄として犯罪を構成するに止まり脅迫行為ではない。例えば家屋に火をつけてやると通告すれば脅迫であるが放火して仕舞えば脅迫ではなく放火罪が成立するのと同様にその動機として取りあげ得るに過ぎないのである。然るに判示は直一が後で帰宅しその事実を見たときに脅迫されたと言うのであるから全く不可解である。或は被告人が斯様な乱暴をしてから後更に直一に対し金銭の要求をして断られたと言う事実があれば因果関係ありとの議論も成立する可能性はあり得るけれども本件の場合にはその直後何等要求していないのであるから仮とへ直一がその所有物に対し過去に発生した損害を見て驚いたとしてもこれを以て直一に対する恐喝手段であると断ずるのは不当であり且つ又左様な意味に解し得る積極的証拠は存在しないのであるから未遂罪の成立する余地はないものと信じます。

第三点原判決は採証の法則を誤つて事実認定をした違法がある。

一、検事の起訴状記載の公訴事実は恐喝既遂として第一乃至第六の事実を記載してあるが原判決はこの公訴事実中第一、第三、第四、第六の公訴事実を無罪とし第二、第五の公訴事実を有罪と認定したがこれ等各事実に対する証拠は何れも原判決に引用されて居る各証人の証言で判断された訳である。然るに各証言は何れも各公訴事実を有罪に認定するに足る証拠価値はなく何れの事実に対しても同一であるから全部の公訴事実につき無罪の言渡をなすべきであるに拘らず原判決は右の如く第二、第五の公訴事実のみを有罪と認定したのは採証の法則に反する違法があるのみならず原判決の証拠標目中の三押収に係る脅迫状及び誓約書と題する書類は本件とは関係のない書類である。即ち茲に引用されて居る脅迫状と称する書類を以て直一を脅迫したと言う事実は原判決にも摘示されていないことは洵に明かであるし又誓約書なるものは原判決に判示されたどの事実認定に引用されたるか不明である。斯様にこの二通の書類は全く判示事実に副わない証拠が挙げられて居るのは結局事実誤認を推測するに足る証左であると信じます。

二、原判決は罪となるべき事実としてその冐頭に前科を除いて被告人に不利なる多くの事項が恰も被告人の犯罪動機の如く或は悪質な情状の如くに記載されてあるがこれを綜合して考えるならば原審判決は如何に裁判官が予断を抱いてなされたものかが窺われるのであります。第一乃至第三の摘示事実に対し懲役四ケ月の刑を言渡すために斯くも冒頭に長い判決文の前提を必要とするのでありませうか元来本件の審理は裁判官に三名の交替があり最後に小田裁判官が一回審理されたのみで言渡となつたもので公判廷の審理の状況については深い心証はなく単に形式的な有罪判決をされたもののように推量出来ますので何卒御当審に於ては充分御検討を頂き原判決を破棄し相当の御裁判を賜り度いのであります。

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